困ったなア
佐藤愛子著
集英社文庫 コバルトシリーズ
水準の高さに驚いた
佐藤愛子の少女向け小説で、『コバルトシリーズ』の中の1冊。発刊は1976年。
僕が中学生の頃に初めて読んだ佐藤愛子作品である。なぜこのような少女向け「コバルト」を読んだかというと、当時この作品がドラマ化され、NHKの『少年ドラマシリーズ』で放送されたのがきっかけである。このドラマ、当時放送されていた『中学生日記』と同様NHK名古屋放送局製作で、舞台や中学の制服なども『中学生日記』とほぼ同じ。『中学生日記』のスピンオフみたいにも思える作品で、しかも主役の女の子(平松里枝子)がなかなか可愛かったため、毎回見たのだった。何より(当時人気絶頂だった歌手の)野口五郎本人がカメオ出演しているのが一部で話題になっていて、僕などはそれを見たいがためにこのドラマを見始めたのである。主人公が野口五郎ファンで、野口五郎にサインをもらうというシーンがあり、そのシーン限定だが『少年ドラマシリーズ』ごときに(と思っていたのだ、僕は)当時の大スター、野口五郎が出るというのが僕にとってセンセーショナルで、それで興味を惹かれたわけ。
このドラマの印象が良かったために原作も買って読んだというのがそのときのいきさつだったと記憶しているが、当時中学生の男子が『コバルト』を買うことはかなり恥ずかしいことで、同級生に大っぴらに公言するような類のことではなかった。それでもわざわざ買ったのは、ストーリーに惹かれてではなかったかと思う。ただし実際にはほとんど内容の記憶はなく、ほぼ完全に忘れていたのだった。そのため、数年前に突如思い出して古本を買ってみたは良いが、その後も長いこと積ん読のままで読んでいなかったという有り様である。
佐藤愛子作品については、高校生になってから『娘と私の部屋』などを読み、佐藤愛子が、好きな作家の1人になったが、この『困ったなア』を読んだ時点ではまったく知らない作家だった。そもそも『コバルト』は少女マンガの世界を小説にしたような作品が多く、そういう方向の趣味がなければその作家も多くは馴染みがない(佐藤愛子は一般に名を知られており、どちらかと言うと異例な存在)。ただ当時は、読んで面白いと感じた記憶はあるが、佐藤作品を他に読んでいなかったため本当の面白さにはあまり気付いていなかったフシがある。『娘と私の部屋』などを読んでいれば、この少女向け小説に佐藤愛子と娘、それを取り巻く環境がかなり反映されていることがよくわかり、それをユーモアに転じさせていることが窺われる。佐藤愛子本人をイメージさせる主人公の母が、いかにも佐藤愛子が言いそうなことを語っていたりして、当時の佐藤家の物語のようにも思える。もちろんフィクションがかなり入っていることは重々承知ではあるが。
さらに言うと、登場人物の性格や行動の描写が活き活きしていて、実在のモデルがいるんじゃないかと思わせるほどのリアリティがあり、そういう点でも小説としてのグレードの高さを感じる。皮肉の効いた人物描写が僕などは面白く感じるが、当時読者として想定されていた中高生がそれをどの程度理解できたかはわからない。少なくとも当時の僕には理解できていなかったようである。
当然ストーリーの中心は主人公の女子の恋愛になるが、それも傍から見ていると少しイタくて、いかにも中学生というあたりが、今読むと面白い。もちろん、純粋な恋愛小説としても読めるようにはなっている。なにしろ、最後の終わり方が実にうまいので、それだけで僕などは大いに感心してしまった。さすが大・佐藤愛子だと感心した。
本書には、『困ったなア』以外に、『がむしゃらデート』と『さびしい大将』という短編も収録されており、これについては恋愛小説というよりユーモア小説という方が近いが、それぞれ十分楽しめる。『さびしい大将』の主要なモチーフは『困ったなア』でも使われており、『困ったなア』でこの小説の材料が再利用されたことが窺えるというのも執筆過程の痕跡のようで面白い。
いずれにしても、子ども向け小説とバカにできないほどの高い水準が保たれており、その点は今回再読して大いに驚いた。『コバルトシリーズ』は、今のラノベなどと立場的には近いと考えられるが、これだけのレベルが担保されていれば「軽い読みもの」としてあしらうことはできないと感じたのだった。