ビギナーズ・クラシックス 蜻蛉日記
藤原道綱母著、坂口由美子編
角川ソフィア文庫
作りが非常に丁寧な本
一方で道綱母にはあまり共感できない
『ビギナーズ・クラシックス』シリーズの『蜻蛉日記』。『ビギナーズ・クラシックス』シリーズというのは、古典初心者向けの文庫シリーズで、原文の一部を取り上げ、その現代語訳、解説が並ぶという構成になっている。あくまで一部であるが、これが各段単位で並んでいる。
『蜻蛉日記』自体については、自分のところに寄りつかず他の女の元にばかり通う夫、藤原隆家との関係に悩むという部分が、世間的にもっとも注目を集めている部分で、内容は非常に現代的と言える。『蜻蛉日記』は元々上中下の三巻構成になっているが、この部分はほとんどが上巻にあたる。中巻が隆家との問題から逃れるための隠遁生活、下巻が身辺雑記と事実上の離婚というような内容になる。本書でも、やはりと言うべきか、上巻から多く取り上げられており(67段中約30段)、中巻(全部で約70段)からは約20段、下巻については少なく、70段のうちわずか10段程度しか取り上げられていない。ただし『蜻蛉日記』の特色はよく反映されており、しかも解説も詳細であるため、ダイジェスト版としては非の打ち所がないと言える。
世間の見方では、ジコチュー男に振り回される女性という構図なんだが、実際のところ、この主人公(道綱母)の方にもかなり問題がある。夫がやって来ても、冷たくあしらってしまったりするぐらいはまだ良いとして、他の女の不幸を喜んだりする記述もあって、主人公の利己的な感覚に共感できない部分もある。その上、(夫との間がうまく行かないため)死んでしまいたいとか出家したいとかいう心情吐露があちこちに出てきて、あまりに何度も出てくるんでうんざりしてしまう。挙げ句に子どもの道綱にまでこういうことを言って泣かせたりして、閉口する。ただ、そこにある種現代的な感性を感じるわけで、文学作品としては極上と言えるのかも知れない。とは言うものの、原文は主語の省略が多い上、話題もかなり端折られているため、読んでいてもさっぱり意味がわからない箇所が非常に多い(本書では、そういう箇所も割合適切に訳されている……ただ現代語訳を読んでもよくわからない箇所がある)。日記だからそれも仕方がないのかも知れないが、『源氏物語』に匹敵する難解さと言って良い。そういう点を考えると、原文を読む前に、解説が充実したこういった本を先に読んでおくのが良いとも感じる。
なお巻末の「解説」では、『蜻蛉日記』の背景や特徴が記述されている他、堀辰雄の『かげろふの日記』と『ぼととぎす』(『蜻蛉日記』に材を取った小説)や室生犀星の『かげろふの日記遺文』(同じく『蜻蛉日記』に材を取った小説)まで紹介されていて、興味が広がるだけでなく、非常に勉強にもなる。この『ビギナーズ・クラシックス 蜻蛉日記』自体、作りが非常に丁寧な印象を受け、良い本であると感じる。