古典基礎語の世界

大野晋著
角川ソフィア文庫

著者の説には説得力があるが
本としてはやや退屈

 『源氏物語』などの文献に出てくる「ものあはれ」(いわゆる「もののあわれ」)、「ものさびし」、「ものおもひ」などの言葉につく「もの」という接頭語について考察する、非常にピンポイントなテーマの本である。

 「非常にピンポイント」とは言っても、実際こういった単語の解釈は必ずしも明解とは言えず、たとえば「ものあはれ」は「何となくしみじみする」、「ものさびし」は「何となく寂しい」程度の意味とされているのが現状である。しかし本当のところは、そんな「何となく」で片付けるようなものではないのだ、「もの」は!というのが著者の主張である。

 著者の主張によると、「もの」は、運命やしきたりなど、個人ではどうにもならない事象を指すのであって、その観点から解釈すると、「ものあはれ」は「運命の悲しさがひしひしと身に迫ってくる」のような意味、「ものさびし」は「運命の先行きを考えるとつらく寂しくなる」のような意味にとるのが本筋であるとする。

 著者は、本書において、主に『源氏物語』での用例を取り上げ、たとえば「ものあはれ」であれば、この語が出てくる箇所を取り上げて、(「もの」が付いていない)「あはれ」が使われている箇所と意味の比較をするという文献学的かつ科学的なアプローチをとっている。したがって、「もの」が「何となく」程度の意味でないという主張については、読者の側も容易に共感できる。そういう意味で、ある程度の説得力があると言える。「もの」が付いた言葉については、全部で30以上も取り上げていて、「もの」自体の根本的な意味は「個人でどうすることもできない事象」であり、そこから派生したものとして、①「世間のきまり」、②「儀式、行事」、③「」運命、動かしがたい事実・成り行き、④「存在」、⑤「怨霊」などの意味を持つとしている。本書では、それぞれの単語を①から⑤に分類して論じており、先ほども言ったように十分な説得力を持たせている。

 ただ、全般的に読物としては退屈で、どこか古語辞典の一部みたいな印象さえ受ける(実際、本書の内容は、同じ著者の『古典基礎語辞典』に反映されている)。著者の主張には同意できるが、本として読むのは少しつらいところである。書体も大きく、内容も難解ではないが、楽しく読み進められるという類の本ではない。ただ、学校で古文を教えているような先生の皆さんには、この程度の知識は持っておいてほしいとは思う。「もののあはれは、なんとなくしみじみですよ」と臆面もなく教えてはいけないと感じる。

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