平安人の心で「源氏物語」を読む

山本淳子著
朝日新聞出版

『源氏』は単なる好色男の逸話ではない……らしい

 タイトル通り、『源氏物語』が書かれた時代の背景について解説する本。初出は、『週間 絵巻で楽しむ源氏物語五十四帖』というシリーズの雑誌に書かれたエッセイである。

 全部で65の章立てになっており、各章の最初に源氏物語五十四帖のあらすじをほぼ一帖単位(ある一帖を前後半に分けているものもあるが、全帖ある)で併記している。したがってこれを全部読むと『源氏物語』のストーリーが完全にわかるようになっている。しかしなんと言っても、エッセイで記述されている内容が非常に深く、さすがに専門家とうならされるようなエピソードが多い。皇族の娘(つまり女宮おんなみや)が身内の死去により女房階級に転落してしまうなどという話は、これまでまったく知らなかった事実であるし、女房や乳母が姫君の婚姻のために手を尽くしていたという話もよそではあまり聞けない話である。

 また、「現在の」『源氏物語』成立の裏話みたいな話であるが、池田亀鑑きかんという明治生まれの学者が、それまで散り散りにしか存在していなかった『源氏物語』の断片(いわゆる「河内本」や「青表紙本」など)から、そのオリジナルに近いと思われる校本(スタンダード版)を作りあげたというエピソードは感動的である。しかもその後、佐渡の旧家から五十三帖揃いのセット(「大島本」)が発見されると、完成していた校本をいったんチャラにし、大島本にあわせてすべて作り直すという事業に取り組み、10年かけて完成させたという話は胸を打つ。まさに学者の鑑である。現在では普通に書籍の形で目にできる古典作品の裏に、実はこれだけの労力があるというマル秘ストーリーで、実に良い話である。

 もう一つ、この著者の主張として、『源氏物語』に登場する桐壷帝と桐壷更衣との純愛は、一条天皇と中宮定子がモデルであるという説を披露している。特に中宮定子の悲劇的な生涯については再三本書で触れられており、当時の『源氏物語』の読者が、定子のエピソードを意識したことは間違いないと主張する。そして中宮(皇后)という地位にありながら、取り巻く政治権力の移ろいのせいで没落していき悲劇的な最期を送った定子に世の無常を見て、それを反映したのが『源氏物語』とするのである。

 このように、たとえフィクションであっても、そこに実在の人物を重ねると一層深みが増すこともある。そのため、文学作品の鑑賞においてこういうアプローチを取ることは非常に魅力的だと思う。『源氏物語』においてもしかりで、このあたりの記述は大いに興味をそそった箇所である。

 また、桐壷帝の時代は醍醐だいご天皇の時代がモデル(物語の中でその後、朱雀・冷泉と続く天皇はそれぞれ朱雀すざく・村上天皇がモデル)になっていて、当時の読者もそれを認識していただろうとする説も説得力がある。

 エピソードを雑多に書き綴ったようなエッセイ風の本ではあるが、一般には知られていないようなユニークな記述が多く、平安時代の歴史や古典に関心がある向きには非常に有用な本と言える。巻末に当時の風俗を示した図版(初出の雑誌のものか?)や『源氏物語』に出てくる登場人物の関係図もあって非常に親切。また丁寧な索引があるのもポイントが高い。

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本の紹介『源氏物語の時代』
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本の紹介『私が源氏物語を書いたわけ』
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本の紹介『愛する源氏物語』
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本の紹介『げんじものがたり』
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本の紹介『ビギナーズ・クラシックス 御堂関白記』
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本の紹介『ビギナーズ・クラシックス 権記』