源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり
山本淳子著
朝日新聞社
現代版の『栄花物語』
『平安人の心で「源氏物語」を読む』、『私が源氏物語を書いたわけ』の山本淳子の著書。この2著のエッセンスをまとめて盛り込んだような本である。
源氏物語が描かれた時代、つまり花山天皇(在位:984年〜986年)から一条天皇(在位:986年〜1011年)、それから三条天皇(在位:1011年〜1016年)へと政権が移る時代を経年順に書き綴って解説しており、『枕草子』、『栄花物語』、『紫式部日記』などの記述(すべて現代語訳済み)を交えながら、この時代を照射する。
この時代は、それまで不遇だった藤原兼家が大どんでん返しで摂政の地位まで上りつめ、藤原北家九条流が政権を確立する時代で、後の藤原道長の台頭の礎が築かれる時代。だが藤原氏の台頭はすべて、賢君である一条天皇が、政治的安定を指向した結果であると著者は指摘する。一方で、一条天皇が中宮である定子を愛したあまり、そのことが政権内の不安定さをもたらす結果になったという人間的な側面も描かれる。中宮定子の兄である藤原伊周と弟の藤原隆家が起こした長徳の変(花山天皇に矢を放った事件。後にこの2人は地方に流される)についても詳細に描かれ、一条天皇が頼りにしていた藤原伊周の失脚、それに伴い後ろ盾を失った定子の凋落、一条天皇の失意なども紹介される。この政変の結果、結果的に藤原道長が棚ぼたで台頭することになり、一条は道長を頼って政権を運営せざるを得なくなる。同時に、道長の娘である彰子も妻として迎えざるを得なくなる。こうして中宮が2人という異常事態が起こる。定子の方は出家騒ぎを起こし、しかも道長の娘の対抗馬という立場に追い込まれたため、道長からは嫌がらせを受けるし、公卿たちも道長側につくという結果になって立場的に孤立してしまい、結局不遇な最期を迎えることになる。定子に愛情、愛着がある一条は、政治と愛情の板挟みで悩む日々が続いていたというのが著者の見解である。
この時代、中宮定子に仕えていたのが清少納言、中宮彰子に仕えていたのが紫式部で、著者は、それぞれの著書からもこの時代を解き明かすというアプローチを取る。『枕草子』や『源氏物語』が書かれたいきさつもあわせて紹介し、同時にこの両書が当時の政界から受けた影響や、当時の政界に与えた影響などについても言及される。言ってみれば著者、山本淳子の解釈によるこの時代の追記録であり、現代版の『栄花物語』と言えるのかも知れない。なお『栄花物語』は、中宮彰子に仕えた赤染衛門という女房が、自身の視点から同時代を書き綴った本で、本書でもたびたび言及されている。
著者独特の解釈も盛り込まれていて少々うがち過ぎではないかと思われる箇所もあるが、トータルで非常に興味深い内容であり、平安文学の黄金時代を政治の枠組みから見るという試みはなかなかにスリリングであった。これも良書である。
第29回サントリー学芸賞・芸術・文学部門受賞