漫画訳 雨月物語
上田秋成原作、武富健治著
PHP研究所
『雨月物語』の忠実なマンガ化作品
これを読んで原作を読んだつもりになっても良い
上田秋成の『雨月物語』の全9編(「白峯」、「菊花の約」、「浅茅が宿」、「夢応の鯉魚」、「仏法僧」、「吉備津の釜」、「蛇性の婬」、「青頭巾」、「貧福論」)をすべてマンガ化した「漫画訳」。著者は武富健治という人(僕はよく知らなかったが『鈴木先生』の著者として有名な人らしい)。
全編丁寧に作画されており、しかもかなり忠実に原作を再現している。一方でところどころホラー的な表現(登場人物の顔が不気味になったりする)が出てきて、そういう点は好みが分かれるところではないかと思う(僕自身は好きではない)。ただ本当に原典に忠実なので、これを読んで『雨月物語』を知った気になってもまったく差し支えないと思う。すばらしいマンガ化作品であることは間違いない。
なんでも著者は、『雨月物語』をマンガ化するにあたり、他の連載を辞めて、1編平均4カ月もの年月を費やして描き上げたらしい。それを思うと大変な力作と言うことができる。『雨月物語』はマンガ版もいくつかあるが、その中でも最高傑作の1つではないかと思える。
『雨月物語』は、前にも書いたように「浅茅が宿」が有名で、それ以外の作は一般にはあまり知られていないが、どれも読み応えがあるよくできたストーリーである。舞台は日本各地に散らばっており(「白峯」が讃岐、「菊花の約」が播磨、「夢応の鯉魚」が近江など)、そのあたりも興味深い部分である。おそらく原著者の上田秋成が、全国からいろいろな怪異譚を集めたのだろうということが推測される。
個人的には、崇徳上皇の亡霊と西行が再会する「白峯」、ある法師が鯉になって刺身されてしまうという「夢応の鯉魚」、蛇の化身に愛された男の話、「蛇性の婬」、若衆を愛してしまってその愛にのめり込んで食人鬼になってしまう法師の話、「青頭巾」などが面白いと思ったが、このマンガではなにしろどれもおどろおどろしい表現になってしまって、その表現についてはもう少し何とかしてもらいたいというのが僕の本音ではあるが、もっともこれは好みの問題なので、それについては何も言うまい。スペクタクルの要素も盛り込まれており、(古典の翻案という扱いではなく)現代の創作作品として見てみても十分通用するだけの高いクオリティが実現されている。最後の「貧福論」などは、会話劇であるためマンガ化するのはどうなんだろうかと思っていたが、うまいこと仕上がっていた。総じて、著者の技量を十分感じさせる傑作であると言えるだろう。