コミックストーリー わたしたちの古典12
日本霊異記
長谷川孝士監修、上田久治漫画
学校図書
小中学生向けの学習古典マンガだが
決して侮ることはできない
一種の学習マンガではあるが、大変良くできている。学習マンガだからといって侮ることはできない。
『日本霊異記』をご存じの方がどのくらいいるかわからないが、日本の説話文学の元祖みたいな古典文学作品である。
日本の説話文学と言えば『今昔物語』や『宇治拾遺物語』が代表で、芥川龍之介が『鼻』とか『羅生門』とかを現代小説風にアレンジしているが、あの基になったストーリーが収められているのがこの説話文学にあたる。黒澤明の映画『羅生門』も原作は芥川の『藪の中』で、この話も元々『今昔物語』の1話である。こういう作品が現在広く受け入れられていることを考え合わせると、日本の説話文学の、話の面白さやグレードの高さが理解できると思う。個人的な話になるが、僕自身も高校生時代、『宇治拾遺物語』の面白さに惹かれて、国文学を志していたことがある。短い話であるにもかかわらず、巧みな構成で意外性があり、同時にシニカルな面もある。芥川がかつて「人生を銀のピンセットで弄んでいる」と言われたことがあるらしいが、そういう要素は、オリジナルの説話文学の中にすでにある。
さて、『日本霊異記』であるが、この日本の説話文学の流れを作った元祖といえる書であり、景戒という僧が奈良時代から平安時代にかけて編纂したものである。すさんだ世の中において仏教のありがたさを民衆に伝えるため、面白い(と同時にありがたい)仏教関連の話を各地から集めたものということだが、そのためもあり、どの話も仏教の臭いがプンプンする。『今昔物語』あたりまで時代が下がる(12世紀)と、仏教説話と世俗説話(仏教の色があまりないもの)が半々になる。正直、仏教色がなく、ドラマ性を重視した単純な話の方が、現代的な感覚からは面白いのだが、『日本霊異記』についてはどれも仏教まみれである。したがって原著を通しで読もうとすると、つまらない仏教話が混ざっているために結構退屈する(これは『今昔物語』でも同様)。
そういうわけで、研究者であればともかく、僕のような一般人にとっては、面白い話だけをピックアップしてもらってダイジェストとして読むのが一番良いのではないかと思う。その辺を考えると、本書のような「マンガ日本霊異記」みたいなものはまさにうってつけで、しかもそれがマンガ化されている(もちろん現代文)ので、読みやすさもひとしおである。
『日本霊異記』の原著は約120話で構成されているが、このマンガはわずか9話の構成である。スーパーダイジェストと言ってもさしつかえない。そのためどれも(仏教がらみであるが)割に面白い話で、上田久治の作画も質が高く、じっくりと読み込むことができる。芥川の翻案、黒澤の翻案とはまた違った魅力がある。収録されているのは「雷をつかまえる」、「わしにさらわれたむすめ」、「役優婆塞(役行者)、天をかける」、「かなしい防人」、「かにの恩がえし」、「鬼がきた」、「力もちの女」、「ふしぎな舌」、「とじこめられて」の全9編で、「雷」、「役行者」、「舌」がわりあい面白かった、個人的には。このマンガを読んで気に入ったあかつきには、原著に進んで120話トライしてみれば良いのではないかと思う。僕個人は、これで十分という気もしないではない。