問題は英国ではない、EUなのだ
21世紀の新・国家論
エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳
文春新書
「トッドは予言者ではない、予想しただけなのだ」
『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』同様、文春新書によるエマニュエル・トッドの講演、インタビュー集。文春新書らしい非常にお手軽な作りの本ではあるが、トッドが語る世界観が凝縮されていて、この本もまったくないがしろにできない。
この本で語られているのは、英国のEU離脱(いわゆるブレグジット)、そしてその原因(それをグローバリゼーション・ファティーグとする)、トッドの方法論、近未来の世界情勢、中国の不安定性、そしてパリ同時多発テロについてで、非常に雑多であるが、中身の濃さはすごい。この本を読んでいる間、何かとてつもない「事実」にアプローチできているのではないかと感じるのは、トッドの著書『帝国以後』と同じ感覚で、トッドの著作ならではある。
中でも注目に値するのは、英国と米国で進められてきたグローバリゼーションに対し、その過酷さに英国と米国自身が耐えられなくなったという考え方で、それがブレグジットと大統領選でのトランプ勝利という形で表面化してきたという分析である。今後グローバリゼーションの流れは収束し、保護主義へと傾いていくというのがトッドの「予言」である。一方でこの流れはトッドにとってはある程度理想的な形ではある。トッドは以前から、EUなどに代表されるグローバリゼーションはかなり無理があるシステムと規定していた。
また中国の産業が先進国主導のもので、先進国側の経済停滞の影響をまともに喰らう性質のものであるため、破綻する可能性が高いというのも斬新な見方である。中国の家族制度から考えると格差を許容できない社会であるにもかかわらず、中国の格差が甚だしいということも社会不安の原因になり、不安定性の要因とする。
一番興味深かったのが、トッドが自身の経歴を披露した章で(第3章:トッドの歴史の方法)、トッドの立ち位置や彼がなぜ現在のような人口学的アプローチを取るようになったかがわかり、非常に面白い。トッドの著書を読む上で知っておくと非常に役に立つ。
一番不満なのが、トッドを「予言者」扱いする出版社の態度で、この本も帯に「トランプ勝利も予言していた!」などと書かれているが、これはデタラメである。トッドはどの本でも、来たるべき世界像を示すことはしているが「予言」など一切していない。ただしその世界像が適確で、割合その通りに推移している、要するにトッドの分析の多くが正しいということである。こういう売り方は非常に不快で、文春新書みたいな怪しげなところからはトッドの本を出してほしくないという気もしているが、一方でトッドの本が安価で提供されているという側面もあり、無下にはできないところが悩ましい。まあ最低限、嫌らしい売り方だけはやめてほしいものである。