第三次世界大戦はもう始まっている

エマニュエル・トッド著、大野舞訳
文春新書

ウクライナ危機に対する奇抜な分析だが
「暴論」として片付けることはできない

 文春新書から出ているエマニュエル・トッドの著作は、概ねインタビュー集あるいは小論集で終わっており、書籍としてはどうにも食えないものになっているが、内容については、トッドらしく斬新なものが多い。本書も同様で、相変わらずのインタビュー・小論集だが、内容は斬新で、ウクライナ問題について他のジャーナリズムと異なる視点を示してくれる。

 全4章構成で、第1章「第三次世界大戦はもう始まっている」が『文藝春秋』掲載の小論、第2章「「ウクライナ問題」をつくったのはロシアでなくEUだ」がポーランド人ジャーナリストによるインタビュー、第3章「「ロシア恐怖症」は米国の衰退の現れだ」が『Élucid』掲載の小論、第4章「「ウクライナ戦争」の人類学」がオリジナル(?)の小論である。

 トッドはウクライナ危機について、善悪というような倫理的な視点ではなく、あくまで歴史学的な視点で分析する。そのため、ロシア、ひいてはプーチンに肩入れしているようにも映り、多くの読者に拒否反応を起こすことは間違いない。読んでいると多少不愉快な気分にもなったりするが、しかし倫理的な観点だけでは物事の有り様を正確に捉えることができないのは事実である。トッドが日本核武装論を展開しているのも(本の紹介『グローバリズム以後』を参照)、他国に依存しないで自国を防衛する必然性を説いているわけで、多くの日本人には不快感を呼び起こす議論だが、筋は通っている。

 今回のウクライナ危機については、ロシアが従来からウクライナを自国の防衛線として定めており、そのためにウクライナのNATO加盟について再三拒否反応を示し、EUに対して加盟させないよう警告していたにもかかわらず、ウクライナを支援するEUとアメリカは、2014年にウクライナ国内にクーデターを起こし、EU寄りの政権を打ち立てるという暴挙を起こしたというのである。そういう点で、ロシアがこの政権の不当性を訴え、それに対して軍事行動を起こしたのは、筋が通っているという。2022年になってプーチンが本格的に軍事行動を起こしたのも、アメリカとEUによるウクライナの軍事化が限界まで来たためにとった行動とする。

 つまり今回のウクライナ危機は、歴史的に分析すると、ウクライナを軍事的に支配しようとしたアメリカとヨーロッパに対するロシアの反抗であり、これまでのアメリカ中心の世界秩序に対する挑戦とするのである。つまり新国際秩序移行への序章で、つまりは第三次世界大戦の始まりとするのがトッドの分析である。

 同時にウクライナについて、ウクライナはロシアに従属する形でしかこれまで存在し得なかった地域であり、独立国として体裁を取ることができないのだと断定している。そのため東部はロシア人が多く、ロシアへの帰属意識が強い一方で、中部西部はロシアとは異なる文化であるが、独立国として成り立つことが歴史的にはできていなかったという分析を行っている。それを端的に示しているのが、この数年の間に続いていた人口の流出で、全人口の20%程度が米国やカナダに流出しており、ウクライナは国家として滅亡に向かっているのだとドッドは言う。そのような背景を持つウクライナの地を、ロシアを仮想敵にした軍事拠点にしようとしているのがアメリカ、EUであるため、ロシアの今回の動きは、被抑圧側の反応として意外性はないのだとする。

 こういう論を、トッドお得意の人口などの統計を交えて展開する。我々はロシア軍の暴虐行為を映像を通じて目にしているため、ともすれば被害者としてのウクライナに目が行きがちでトッドのこういった視点はなかなか受け入れがたいが、今後たとえば数十年後に現在の状況を振り返ると、あるいはこういう視点が正当になってくるかも知れない。受け入れられるかどうかはともかく、新しい視点であることには変わりない。決して「暴論」などと片付けることはできない。

-政治-
本の紹介『グローバリズム以後』
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本の紹介『帝国以後』
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本の紹介『トッド 自身を語る』
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本の紹介『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』
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本の紹介『問題は英国ではない、EUなのだ』
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本の紹介『老人支配国家 日本の危機』