グローバリズム以後
アメリカ帝国の失墜と日本の運命
エマニュエル・トッド著
朝日新書
恰好のトッド入門書
エマニュエル・トッドのインタビュー集。
エマニュエル・トッドの著作はこれまで数冊紹介しているが、内容は非常に興味深いにもかかわらず、どれも翻訳がことごとくひどい。この本は、これまで朝日新聞がトッドに試みたインタビューをまとめただけの割合安直な編集本ではあるが、元が話し言葉であることから、翻訳文は割合平易で、トッドの和訳本の中ではもっともわかりやすいものと言える。しかも1998年から2016年までたびたび行われたインタビューが収録されているため、トッドの思想遍歴の概観書としてはこれ以上ないのではないかと思う。
朝日新聞自体は権威主義的であまり好きではないが、しかし1998年からトッドに注目していたとはさすがの大新聞! それに聞き手(多くは朝日新聞編集委員の大野博人という記者)が積極的にトッドに対して問いかけを行っているため、内容が白熱しており、読んでいて面白い。特に「日本に核武装を勧めたい」(2006年10月30日付の記事)では、内容が刺激的なだけに、(筋は通っているが)多くの日本人が反発を持つであろうと思われる内容で、それを記者が代弁しているかのようにトッドに絡み、トッドもそれに対して堂々と論を展開するという点で非常に白熱した雰囲気が窺われ、記事自体も非常に刺激的になっている。少し引用しよう。
トッド:核兵器は偏在こそが怖い。広島、長崎の悲劇は米国だけが核を持っていたからで、米ソ冷戦期には使われなかった。インドとパキスタンは双方が核を持った時に和平のテーブルについた。中東が不安定なのはイスラエルだけに核があるからで、東アジアも中国だけでは安定しない。日本も持てばいい。
――日本が、ですか。
トッド:イランも日本も脅威に見舞われている地域の大国であり、核武装していない点でも同じだ。一定の条件の下で日本やイランが核を持てば世界はより安定する。
――きわめて刺激的な意見ですね。広島の原爆ドームを世界遺産にしたのは核廃絶への願いからです。核の拒絶は国民的なアイデンティティーで、日本に核武装の選択肢はありません。
トッド:私も日本ではまず広島を訪れた。国民感情は分かるが、世界の現実も直視すべきです。北朝鮮より大きな構造的難題は米国と中国という二つの不安定な巨大システム。著書『帝国以後』でも説明したが、米国は巨額の財政赤字を抱えて衰退しつつあるため、軍事力ですぐ戦争に訴えがちだ。それが日本の唯一の同盟国です。
――確かにイラク戦争は米国の問題を露呈しました。
トッド:一方の中国は賃金の頭打ちや種々の社会的格差といった緊張を抱え、「反日」ナショナリズムで国民の不満を外に向ける。そんな国が日本の貿易パートナーなのですよ。
――だから核を持てとは短絡的でしょう。
トッド:核兵器は安全のための避難所。核を持てば軍事同盟から解放され、戦争に巻き込まれる恐れはなくなる。ドゴール主義的な考えです。
この箇所の聞き手は若宮啓文という人で、この本に参加している部分はこれが唯一。他はこれほど白熱しておらず、全体的に「お説拝聴」という印象が強い。この項は特殊である。
なお、インタビューの順序は逆時系列、つまり最新のものが前で古いものが後に来ている。これはこれで意図が感じられて良いが、9・11やイラク戦争、リーマンショックあたりになると、こちらの記憶も怪しくなって、同じ時代に読めたらもっと別の感慨もあったかもと感じる。いずれにしてもこの本、恰好のトッド入門書ということができる。それに他の某出版社みたいに必要以上に「予言」を強調していないのも良い。「新しい予見に満ちた書」とは書いてあるが。