西洋の敗北
日本と世界に何が起きるのか
エマニュエル・トッド著、大野舞訳
文藝春秋社
今度はトッドが大胆に「予言」した
人類学者、エマニュエル・トッドの新しい著作。トッドの著書については、これまでたびたびいい加減な作りの新書が出ていたが、本書は2023年10月に書かれた本格的な著作である。
例によって人口学的見地から世界各国の状況を検討していくが、今回は、かつての家族形態に加えて、西欧の主要宗教であるプロテスタンティズム(プロテスタント主義)の退行による倫理の喪失も新たな尺度として取り入れられている。
特に(自ら性を選ぶことができるという)過剰なトランスジェンダーにプロテスタンティズムの完全喪失が反映しており、それが米国、英国などの西洋諸国の現在の立ち位置だとする。一方で、ロシアや中国などの大家族制国家では、こういった倫理観が受け入れられず、また中東諸国やアフリカ諸国でも同様で、そのために、今回のウクライナ戦争でロシアを積極的に支援する国々が現れているのだとする。また、プロテスタンティズム的倫理観が欠如した「西洋諸国」ではすでに正しい政策決定を行うことができなくなっており、行き当たりばったりの政策に終始する上、無能な政治家・官僚ばかりがはびこる社会になっているというかなり厳しい見方をしている。で、このような尺度をツールとして使いながら、米国、英国、北欧諸国の他、ロシア、ウクライナ、東欧諸国などについて、各章で分析しており、最終的に「西洋の敗北」とウクライナの敗北を予見したのが本書ということになる。
翻訳を担当しているのは大野舞という人で、かつてのトッドの翻訳よりはるかにわかりやすい文章にはなったが、相変わらず何を言っているのかわからない箇所があちこちにあった。原著に由来するのか翻訳に由来するのかはわからない。また、トッド自身が自らの知識基盤をそのまま投影しているために、こちらにその件に関する基礎知識がないことがたびたびあり、これまた言わんとしていることが伝わってこないことも多かった(これはかなりあった)。こういう箇所については、もっと丁寧な説明が必要と感じられる。
本書ではウクライナの敗北を予見している(ウクライナ側の人口枯渇による)が、2025年の現状ではロシアの経済破綻の方が現実味を増しているように思われる。これは、本書執筆時とのタイムラグがあるため致し方ないが、ロシアの実質的な敗北という結果になれば、本書でのトッドの結論が間違っていることになり、各国の現状に対してどのような分析を行ったとしても途端に説得力を失ってしまう。家族形態に加え宗教的な視点を加えた分析は非常に面白い上説得力もあるが、これが万能のツールになるわけではなく、結局すべてをそれだけで片付けてしまうのは無理があるような気もする。興味深い分析であったが、全般的にとりとめがない上、やや独断的な印象も受ける。いずれにしても今後のウクライナ戦争の推移を見守る必要があると感じる。