ルイズ 父にもらいし名は

松下竜一著
講談社文庫

「伊藤野枝の娘」としての生き様

 20年以上前から探していて10年ほど前に入手できた本。松下竜一の本はすぐに品切れになるのでなかなか手に入らないのだ。これだけの作家をないがしろにする出版状況にも憤りを感じるが、僕としても10年来読んでなかったんで大きなことは言えない。

 松下竜一の本を読むといつも感じる(不正には厳しいが)人に優しい視線や真摯な態度は、本書からも伝わってくる。内容以前に、そういった著者の人間性に触れられるのが大変心地良い。

 本書は、講談社ノンフィクション賞を受賞した、いわば著者にとっての出世作である。内容的には、他の著書よりも地味な印象があるが、それでも丹念に書き込まれていて、いい加減な読み方はできないなと思わせる迫力がある。

 本書では、伊藤ルイという一女性の半生を追うことで時代を照射している。取り上げられている伊藤ルイは、関東大震災直後の甘粕事件で虐殺された大杉栄と伊藤野枝の四女だが、それ以外は、特に変わった経歴もない普通の女性である。もちろん、彼女にとって「大杉の子、野枝の娘」であることは(マイナス作用として)大きかったのであって、生きる上でいろいろな障害になってはいるのだ。その彼女が、「大杉の子、野枝の娘」であることを肯定的に捉えられるようになっていく過程、つまり人間的成長が本書のテーマということになるんだろうか。

 内容的にはこのように地味だが、時代背景がよく描かれている上、描写が非常にうまいので、映像が目の前に現れてくるように感じる。これは他の松下作品にも共通する特徴である。名工が、よく吟味した材料を使い、時間をかけて作り上げた工芸作品のような重量感、高級感があって、読後も爽快だ。松下竜一の面目躍如である。

第4回講談社ノンフィクション賞受賞

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