あぶらげと恋文

松下竜一著
径書房

苦い……というより悲惨な青春記

 松下竜一が作家になる前、高校を卒業して豆腐屋をやっていた頃の青春記。

 本人の日記が基になっているが、あまりに悲惨な青春時代に、読んでいるこちらがうちのめされる。誰しも青春時代と言えば苦い想い出もあるが、ちょっとレベルが違う。

 貧困と絶望に覆われ、ただただ死ぬことばかりを考える著者。商売はうまくいかず、兄弟は荒れ、家庭は崩壊寸前。家を出て行った兄弟たちも勤めがうまくいかず、松下に金を無心する。家庭の問題による不幸が次から次へと襲いかかる。

 本人は本人でコンプレックスにさいなまれ、自分の将来に絶望し、文学と映画が唯一の楽しみと来ている。ただ一人と言っても良い友人さえも貧困の中、苦しみながら死んでいく。まったく救いがない。もちろんこの時代、多くの人々が貧困に苦しんでいたが、松下の周辺にある貧困は、群を抜いている。

 この話の舞台は1958年から1960年までで、本書が出版されたのが1988年。おそらく本人にとってもこの青春時代を冷静に振り返るのにこれだけ時間がかかったのだろう。この本が出た頃、著者はすでに結婚もし、貧しいながらも専業の作家としてやっており、あれだけ問題を抱えた兄弟たちもそれぞれ自立している。

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