ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 墨子

草野友子著
角川ソフィア文庫

ユニークな存在、墨子に触れられる

 『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズは今一つのものが多いという印象だが、この『墨子』についてはまずまずの部類に入る。そもそも墨子という存在が、儒家や道家ほど知られていないため、墨子の情報自体が(僕にとって)目新しいということもあるが、なんと言ってもその平和主義、非攻主義、博愛主義は、現代的な観点から見ると非常に新鮮である。2500年前、しかも戦国時代にこういった主張を行っていた人がいるということに驚きである。

 墨子の平和主義を表す代表的な記述として、1人、2人を殺せば重犯罪者であるにもかかわらず、大量に人を殺した政治家や軍人が英雄として扱われるのはおかしいというものがある(「一人を殺さば之を不義と謂い、必ず一死罪有り……」墨子の「非攻」篇)。チャップリンの『殺人狂時代』に同じようなセリフがあって、かつてこの映画を見たときこのセリフに感心した憶えがあるが、その元々の出典が墨子であることを知って、にわかに墨子に関心を持ったのが今回墨子入門書を読んだきっかけである。ただ『墨子』については、それだけにとどまらないようで、隣人を愛せば諍いや争い、戦争は起こらないという博愛主義(イエス・キリストに先立つこと約500年)の他、挙げ句には当時の最新技術の研究や戦闘の方法などについての記述まである。実際近代中国では、墨子は(平和主義よりむしろ)テクノロジーの先人として崇められてきたというのだ。

 また墨子の一派である墨家は、非攻主義、つまり侵略に反対する立場から、大国が小国を侵略するときに、攻められる小国に大挙して出張し、小国の防衛に協力した(そして大国を撃退した)という実践活動も行ったという話で、そのあたりは酒見賢一の小説『墨攻』(1992年に森秀樹、久保田千太郎によりマンガ化された他、2006年に映画化された)でも描かれている(らしい)。とにかく墨家は異色の存在である。

 この墨家、かつては儒家と覇を競う勢いで、実際『墨子』の中でも儒家に対する批判が展開されるが、時代を経ると共に忘れ去られていくのである。近代になって、西洋の(博愛主義の)キリスト教が清朝に入ってくるに当たって、墨家の博愛主義が見直され始めたというのだ。こういった経歴も異色である。

 本書では、このようなエピソードも随時紹介されている。もちろん『墨子』の訳文、白文、読み下し文が中心になっているのは言うまでもあるまい(『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズに共通する形式)。『墨子』自体大著のようで、そのためにここに収録されているのはごく一部だが、墨子自体があまり知られていないため、これでも情報量が少ないとは感じない。格好の入門書と位置付けることができるだろう。なお本書には、魯迅作『故事新編』の「非攻」の基になった部分も収録されている(147ページ)。両者を比較すると面白い。

-文学-
本の紹介『酒楼にて / 非攻』
-文学-
本の紹介『墨攻』
-漢文-
本の紹介『ビギナーズ・クラシックス 韓非子』