水木しげるの泉鏡花伝
水木しげる著
小学館
鏡花の作品に興味を覚える
タイトル通り、水木しげるが明治大正期の小説家、泉鏡花の生涯を描いたマンガである。
金沢で生まれた鏡太郎少年(泉鏡花の本名)、尾崎紅葉の小説(『二人比丘尼色懺悔』)に感銘を受けて、紅葉の弟子になるべく上京。ところが、東京に着いたは良いが、気後れしてなかなか紅葉の元を訪ねることもできず(このあたりいたく共感できる)、しばらくの間放浪生活に明け暮れる。いよいよ切羽詰まって郷里に帰ることにし、最後に紅葉に会うだけ会おうということになってとうとう紅葉の元を尋ねる。そこで無事に紅葉に面会でき、持ち込んだ小説が気に入られた結果、住み込みの弟子にしてもらう。このとき鏡花17歳。その後紅葉の口述筆記の手伝いなどをしながら、修行期間を経て『冠弥左衛門』で小説家デビュー。いろいろな紆余曲折を経るが、明治28年に発表した『黒猫』が当たる。ここまでが本書の第3章まで。
そして続く第4章は『黒猫』のマンガ化である。第5章を挟んで、第6章では代表作の『高野聖』のマンガ化作品が登場する。本書で紹介される泉鏡花の作品はこの2本で、どちらもよくできたマンガ化作品である。要するに、この2作が泉鏡花の伝記の間に挟まれるという形式になっているわけだ。おそらく水木しげるはこれを一番書きたかったんではないかと勝手に推測するほど、非常にできのよい翻案作品である。この2作、泉鏡花作品を読んだことのない人にとってはなかなか新鮮で、一度原作を読んでみようかなと思わせるだけの魅力がある(実はこの作品を読んだ後『高野聖』を読んだのである)。
ともかくこの2作を挟んで、鏡花が最期を迎えるまでの人生が丁寧に描かれる。表現はやはり水木調で「オカチイナ」などというセリフが随所に登場する(これは『遠野物語』にも共通)。僕にとって謎めいた存在だった鏡花、そして鏡花作品が身近なものとして感じられたというのがこのマンガの最大の効能であった。
なお今回僕が読んだのは『水木しげるマンガ大全集』版で、冒頭にリンクしたものとは厳密には違う(中身はほぼ同じ)が、あわせてこの本に収録されていた『方丈記』ともども、水木マンガの価値を再発見させてくれる佳作であったことを付記しておきたい。