帝国以後
アメリカ・システムの崩壊
エマニュエル・トッド著、石崎晴己訳
藤原書店
未来から現在の世界史を分析したかのような明快さ
15年近く前に読んだ本だが、エマニュエル・トッド関連ということで、ここで紹介することにした。
ともかく密度が濃い本なので、内容を万遍なく正確に紹介するのは困難をきわめる。そういうわけで、ごくかいつまんで、しかも正確さも多少犠牲にした上で紹介することにしたのでご了承いただきたい。
著者エマニュエル・トッドは、人口学を専門とする人類学者で、これまでもさまざまな著書を出し、その多くがセンセーションを巻き起こしている。人口統計(出生率、乳児死亡率、識字率など)を利用して、各国の現状や将来を予測するという手法で、ソビエト連邦の崩壊を10年以上前に予測したのが『最後の転落』、世界の家族制度から各国の政体や国民性などを分析したのが『第三惑星』。この2種類の分析方法を駆使して、かつてのソビエト連邦のように、現時点のアメリカ合衆国の現状と将来を予測したのが今回の著書である。前2著の方法論が駆使されているため、本書には膨大な情報量が含まれている(前2著がすでに大著であったのだ)。読むのも骨が折れるが、内容は濃密である。
- アメリカ合衆国は、20世紀終わり頃から世界に君臨する「ローマ帝国」のような大帝国を指向しているが、世界を支配するだけの軍事力が圧倒的に不足していることから、世界帝国になることはできない。また帝国には普遍主義が絶対条件になるが、米国は差異主義を取っており、政策的にも矛盾している。これも世界帝国への指向に反する。
- 輸出産品になりうるような生産物が少ないにもかかわらず(潜在的な貿易赤字体質、GDPは計算上の数字に過ぎず実質は伴っていない)、金融的な粉飾、まやかしで、米国に金が集まるシステムができあがっている。つまりローマ帝国のような周辺国から金品を巻き上げるシステムが、詐欺的な手法でできあがっている。米国は、すでに経済的に破綻しており、貿易相手国がこの理不尽を理解した時点で、米国の経済は破綻する。
- 人口統計(出生率、乳児死亡率、識字率など)から考えると、米国は明らかに退行している。
- 戦争の抑止力となる民主主義も退行しており、格差社会がこれまで以上に進行している。
このような理由から、米国経済はいずれ破綻し、米国自体も世界の邪魔者になり、世界にとって危険な存在になりうる、こういうことが本書の結論である。
本書がフランスで出版されたのは2002年であるため、2008年のリーマン・ショックは念頭に入っていないが、まさに本書の通りに進行している感がある。
本書では、その他にも、イスラム社会についての分析や、民主社会の独裁社会への移行などについても触れられていて非常に興味深いが、すべてについて触れることはできない。僕自身も著者の人口学的手法に興味を持って、これ以降、『世界像革命』(トッドの対談やトッド説の解説など)と『経済幻想』(家族システムと経済活動との関係の分析)を読み、『世界の多様性』も買った(まだ読んでないが)。未来から今現在の世界史を分析したかのような明快さで、世界の今の動きが手に取るようにわかるような気がしてくる。歴史解釈にも一石を投ずる快著である。
惜しむらくは、トッドの著書全体に言えることだが、非常に読みづらい翻訳になっていること。原文を予測しながら読むことが必至。フランス語のわかる人は原語で読むとよかろう。