シャルリとは誰か?
人種差別と没落する西欧

エマニュエル・トッド著、 堀茂樹訳
文春新書

分析はトッドらしく興味深いが
例によってきわめて読みづらい翻訳文だ

 2015年1月のシャルリ・エブド襲撃事件の後、エマニュエル・トッドがフランスで緊急出版した著書の翻訳本。

 あの事件の後、フランス中でシャルリ・エブドを擁護する論調がわき起こり、それはもはやヒステリックな状態にまで達した。パリをはじめ、フランス全土でシャルリ・エブド擁護のデモ行進(いわゆる「私はシャルリ」)が行われ、それはさながらイスラム教に対するヒステリックな拒絶であるかのようであった。そしてその後しばらく、これに反対する言論がこれもまたヒステリックに叩かれるという状態が続き、ちょっとした全体主義的雰囲気になっていたという。自由の国フランスで起こったこういう事態に違和感を抱いた人々もいたようだが、いずれにしても発言しにくい雰囲気ができあがってしまった。

 そういうさなかに出版されたのが、「私はシャルリ」に対して批判的な論調を持つこの本で、案の定、大バッシングを受けたらしい。それでも内容は非常に分析的で、トッドらしくなかなか鋭い。集団ヒステリー状態の人々には、痛いところを突かれたのが耐えがたかったのかどうかはわからないが、示唆に富んだ内容であるのは確かである。

 要するに本書では、今回の現象について、フランス国内(他の国々でもそうだが)で進行している脱宗教(フランスの場合脱カトリック)の傾向のために精神的な拠り所を失った人々が、生活の拠り所の喪失(格差の拡大)と相まって、その敵意を外部にある宗教的なもの(つまりイスラム教)に向けていることの現れであると分析する。その公式は「宗教的空白+格差の拡大=外国人恐怖症」というもの。またさらに興味深かったのが、現在ヨーロッパで頻発しているテロ行為、あるいはISの活動自体も、ヨーロッパの場合と同様、脱宗教(脱イスラム教)の結果発生したのだという分析である。したがってテロ行為をイスラム教のせいにするのはまったくのお門違いだと著者はいう。世界中で、脱宗教が進んだせいで起こっている混乱と、グローバリズムによって広がった格差が、現在の種々の問題を生み出す原因になっているとする。こういうことを統計を駆使して論証していくのがこの本で、内容は非常に濃い。
 だがしかし、例によって翻訳が非常に拙いため、読みづらくて仕方がない。おかげで内容については半分くらいしか理解できていない。とは言っても、本書の分析は決して浅はかなものではなく、さまざまな事象に対して異なる角度から次々と新しい見方を提示してくるのはいかにもトッドらしい。決してないがしろにできない性質を持つ本である。だがやはり、翻訳がこれじゃあね……という感じを毎度持つのだ。もう少しだけでも、読みやすい日本語にできないものだろうかと思う。

-政治-
本の紹介『帝国以後』
-政治-
本の紹介『問題は英国ではない、EUなのだ』
-政治-
本の紹介『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』
-政治-
本の紹介『グローバリズム以後』
-政治-
本の紹介『トッド 自身を語る』
-政治-
本の紹介『第三次世界大戦はもう始まっている』
-政治-
本の紹介『老人支配国家 日本の危機』
-政治-
本の紹介『トッド人類史入門』New!!