江戸空間

石川英輔著
評論社

「大江戸事情」シリーズの元祖

 石川英輔の江戸本で、他の多くの「大江戸事情」シリーズと内容が重複している。ただし、この本、最初に刊行されたのが1987年だった(出版元はコナミ出版)ということなので、おそらく「大江戸事情」シリーズより先に出されている。したがってこの本が「大江戸事情」シリーズの元祖ということになるのではないかと思う。なお、コナミ出版はその後廃業しており、本書は評論社から再刊されたものである。

 元々は、江戸と現在の東京の地図を比較する意図で作られた本ということで、江戸の地図の上に現在の東京の地図を薄い紙でかぶせるような体裁にしたかったらしいが、実現不可能ということになったため、結局、見開きページの左右に江戸と現在の東京の地図を併記する形になったらしい。今はそういう類の本やアプリまで出ているが、こういうエピソードを聞くと、オリジナルのアイデアは石川英輔なのかも知れないなどと感じる。

 見開き地図に加えて、それに関連する事情を紹介しているわけだが、途中、突然小説形式になったりと、全体的にとりとめのない印象もある。それに小説スタイルで江戸の風俗を描くのは、僕としてはどこか興ざめに感じる(ちなみにこの小説スタイルは『大江戸神仙伝』などの作品でこの後再現される)。また、ソビエト型社会主義体制に対する批判が随所に見られるが、これは当時ソビエトが健在だったためだろうと思われる(1991年にソビエト連邦は崩壊する)。要するに、「欧米」や社会主義体制を理想化してまねようとするよりも、足下の江戸という歴史を振り返った方がまだ自分たちの身になるのではないかというのが著者の主張で、それは石川英輔の他の著作でも一貫した主張である。実際、石川英輔の著書を読むと、江戸の社会が大変魅力的に描かれているのがわかり、江戸社会に大いに興味が湧くのである。

 後の「大江戸事情」シリーズと比べると、テーマが絞られておらずやや雑然とした印象があるが、「大江戸事情」シリーズもここから始まっていると考えれば、本書を総論として考えることもでき、決して悪くはない。とは言え、「大江戸事情」シリーズを読んでいれば今さら読むこともなかったかなと思う。僕は10年以上前にこの本を古本で買って積ん読になっていたのをやっと先日読み終わったという次第で、そういう事情があるため「今さら」感はひとしおである。

追記:

 本書はその後、『大江戸生活事情』というタイトルで再版され、講談社文庫の「大江戸」シリーズに組み込まれていたようだ。読んでいて気が付かなかったが、この文庫は、僕自身、過去にすでに読んでいたのだった。石川英輔の著書は、テーマがすべて共通で、内容についても重複が多いことから(とは言っても詳細になっているなどの工夫はある)、過去読んでいたことに気が付かなかったというわけ。ちょっと恥ずかしい話ではある。

-日本史-
本の紹介 – 石川英輔の本、5冊
-日本史-
本の紹介『大江戸えねるぎー事情』
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本の紹介『大江戸テクノロジー事情』
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本の紹介『大江戸リサイクル事情』
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本の紹介『大江戸えころじー事情』
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本の紹介『大江戸ボランティア事情』
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本の紹介『実見 江戸の暮らし』
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本の紹介『雑学「大江戸庶民事情」』
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本の紹介『大江戸生活体験事情』