大江戸生活体験事情

石川英輔、田中優子著
講談社文庫

江戸の生活はそれほど不便ではない……らしい

 大江戸ブームの火付け役である石川英輔と法政大学(執筆当時、教授)の田中優子との共著。「大江戸事情」シリーズ第7作か第8作に相当するのではないかと思う。このシリーズでの石川英輔と田中優子の共著は、『雑学「大江戸庶民事情」』に続いて第2弾である。

 江戸についてあれこれ研究しいろいろと発表してきている両者であるが、江戸時代の生活ということになると実際に体験したことは当然ながらない。ただし2人とも、江戸の面影がまだ残っていた戦後すぐの昭和の生活を知っているため、まったく知らないという状況ではないが、それでもたとえば行灯の暗さや火打ち石を使った火起こしなどは、それほど経験があるわけではない。そこで今回、実際に江戸の道具を使用し、さらには江戸時代の暦や時刻などによる生活なども一定期間行ってみて、それを通じて、文献だけではない江戸のリアルな生活に触れてみよう、そしてそれについてレポートとしてまとめてみようというのがこの本のコンセプトである。

 本書では、古い道具を使った実際の生活が紹介されていくが、それ以外にも、江戸の暦、計時法を実際に使用した生活がどういうものであったかなども紹介され、こちらが何より印象的だった。実際に江戸の暦(太陰太陽暦)と計時法(昼、夜をそれぞれ6つに分ける不定時法)で生活すると、思った以上に自然で快適に感じるという話で、それは僕にとっても意外だった。江戸時代に採用されていた暦では、日常生活は月の満ち欠けに従った太陰暦を使っていたため、月を見るとその日が何日か大体わかる。要は月がカレンダー代わりを果たすため、生活の上ではむしろ便利で、日常生活を送る上にはこちらの方が快適だという結論を出している。もちろん太陰暦を採用するとうるう月が必要だったり面倒なこともあるが、江戸時代のように太陽暦も併用して、各分野で必要な部分を適宜利用していく方法というのが存外理に適っているというのである。つまり農業などで必要であれば太陽暦を利用するなど、工夫すればかえって便利に使えるようになるのだそうである。

 それは暦以外の他の分野でも同様で、江戸の生活自体は現代の生活に比べてはるかに不便であるのは確かだが、工夫さえすれば(つまり十分な知識を持った上でそれぞれの道具を利用すれば)割合自然に生活を送ることができ、しかも当然のことながら超低エネルギー社会が実現するということで、著者は江戸の生活を体験することでそのことを実感したというのである。現代の生活は確かに非常に便利ではあるが、環境負荷が大きすぎ、しかも言ってみれば地球の資源を不可逆的に消耗し続けているわけで(親の財産を食い尽くしているどら息子の放蕩みたいなもの)、決して持続可能ではない。それを考えると、江戸の低エネルギー生活を見直すことには必然性があり、本書のような実体験がそれを考える上でのきっかけになるというわけである。

 例によって、現代文明の批判も随所に出てきて、石川節健在という感じであるが、しかし一々ごもっともで、いろいろ頷くことも多い。また普段着物で生活しているという田中の着物論も大変興味深かった。

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