100年前の世界一周
ある青年が撮った日本と世界

ワルデマール・アベグ(写真・回想録)、ポリス・マルタン(文)著、岡崎秀訳
日経ナショナル・ジオグラフィック社

2、3時間世界一周

 日露戦争が終わったばかりの1905年、1人のドイツ人青年が、カメラを携えて世界一周の旅に出た。当時のヨーロッパの若者にありがちな「世界を見聞したい」という衝動に駆られてのことだった。

 その若者、ワルデマール・アベグは、ドイツから西回りの進路で旅を始め、最初にアメリカ大陸に到達する。当時は東回りの世界旅行が一般的であったが、ワルデマールは、混雑を避けるためにわざわざ西回りにしたという(このあたりワルデマールの性格が垣間見られる)。アメリカに6カ月滞在して、東海岸のめざましい成長を目にしてから西部へと転じ、西部劇さながらの世界を肌で感じた。彼の旅が同時代の他の旅行者と違っていたのは、彼が写真を多数残している点である。そういうわけで、ニューヨークやシカゴ、開拓時代の西部など、いろいろな写真が残されており、それが本書の柱になっている。

 アメリカを後にしたワルデマールは、ハワイを経由して、次に極東の地、日本に到着する。日本は、ワルデマールにとって、ある意味あこがれの地であったようで、どうもこれが当時のヨーロッパでの割合一般的な見方でもあったらしい。そして本書に登場する日本の写真は、ワルデマールの心を反映するように、それまでの写真とは異質な、不思議で魅力的な存在を映している。まさに『逝きし世の面影』を体現するような、美しい世界が広がっている。ワルデマールにとって日本(そして日本の自然、美術品、日本人)は相当お気に入りだったらしく、結局4カ月間滞在することになる。

 その後、朝鮮、中国、東南アジア、インドを経由して、途中マラリアや金欠に苦しめられたりしながら、出発してから1年半後、ドイツに到達する。1年半の旅行を経て、人間的にも成長したようであるが、同時に多数の写真が残された。ワルデマールは、ジュール・ヴェルヌのように『80日間世界一周』(1905年刊行)などの旅行記を刊行したりすることはなく、また写真を発表することもなく、その後激動の時代を生きることになるが、2つの大戦を生き延びて老境に達した頃、ついに旅行記(と写真)を発表することにした。それが本書の基になっている。そういうわけで、本書では、ワルデマールの写真がふんだんに紹介されていて、当時の世界を身近に感じることができる。ワルデマールと一緒に旅をしているかのような錯覚も覚える。文章も簡潔でおそらく2〜3時間で完読(+写真鑑賞)できるため、「2、3時間世界一周」が可能である。

 写真は半分以上がカラー版で、当時カラー・フィルムが手に入ったのかなどとぼんやり(マヌケなことを)考えていたんだが、よくよく写真を見ると、たとえば日本の写真で襖にやたら青い背景色が使われていたりして違和感を誘う箇所がある。だもんで、あ、これは着色だ!と気が付いた次第。巻末を見ると、案の定、「オリジナルのガラス板(9×13cm)は帰国後、ベルリンにあった小規模の会社Phtographiche Jens Lutzenで着色された」とあった。おおむね、すぐに気付かないほど自然に着色が施されているが、特に日本の調度や衣服に青が多用されていて、少し不自然さを感じる。だが許容範囲内で、全体的に当時の世界の雰囲気をよく再現していると思う。

 先ほども書いたように、ワルデマールにとって日本が一番のお気に入りだったよう(表紙も、晩年机に飾っていたという日本の写真である)で、それについては本文でも説明があるが、なにより写真がそのことを雄弁に物語っている。写真に収められている20世紀初頭の日本にも、江戸時代の面影と自然が残っており、現代人(の自分)から見てもそれは非常に魅力的である。今はもう何もかも失われてしまっているものたちである。

-日本史-
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-随筆-
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