思い出の作家たち
ドナルド・キーン著、松宮史朗訳
新潮文庫
作家との交流を描いた箇所が一番面白い
日本文学者、ドナルド・キーンによる作家論。本書では、直接面識があった谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫、安部公房、司馬遼太郎がその対象になっている。
著者は、さまざまな日本の作家と交流してきているが、この5名については、谷崎潤一郎、川端康成がやや疎遠な先達、三島由紀夫、安部公房、司馬遼太郎が「友人」という立場である。そのためもあって、後者の3人の作家論の方が断然面白い。直接彼らと接したときのエピソードが紹介される上、彼らの作品や作家自身に対する著者ならではの分析も当然出てくる。その内容は『日本文学史』を髣髴させるもので、含蓄がある。川端康成の項に至っては、『日本文学史』の一項であるかのような(少しばかり疎遠な)表現に終始していて、もしかしたらあの大著からそのまま抜粋したのではないかと思われるほどであった。だがそのためもあって逆に、他の作家の項と比べると、川端の項はかなり物足りない印象になってしまった。要するにこういった作家論よりも直接付き合っていたときの印象などの方が、読者としては面白いわけである。そういう意味では、もっとも親しかった安部公房と三島由紀夫の項が本書の中では一番読み応えがあったと言わなければならない。
司馬遼太郎とも著者は親しかったし、朝日新聞に職を得る上で世話になっているわけだが、そもそも司馬遼太郎自体、ここに出てくる他の作家とは少し毛色が違う存在で、ここに取り上げられること自体、多少の違和感がある。作品論にしてもあまり取り上げて論じるような作品がないという感じなのではないかと思う。そのため、個人的な関係のエピソードという点では内容豊富だったが、作家論という点では物足りないという印象であった。個人的な感想では、各項の充実度は、安部公房→三島由紀夫→司馬遼太郎→谷崎潤一郎→川端康成の順序かなと思う。一部『ドナルド・キーン自伝』と重複する記述もあった。またおそらく、先ほども書いたように『日本文学史』と重複する記述も多いのではないかと思う。
175ページ程度の薄い文庫本で、簡単に読み終わることができるが、内容の充実度は他のキーン作品と比べるとやや落ちるという印象である。