ビギナーズ・クラシックス 梁塵秘抄
後白河院著、植木朝子編
角川ソフィア文庫
梁塵秘抄の 入門書だが
この一冊でも 必要十分
後白河上皇が大層好んだという今様(当時のはやり歌)。好きが高じて、和歌集ならぬ今様集を編纂してしまった。それが『梁塵秘抄』。
『梁塵秘抄』自体は、本書によると元々全20巻構成だったらしいが、現存するのはそのうちわずかに2巻プラス・アルファということで、本来の姿は想像すべくもない。本書は、その中からさらに50歌程度をピックアップしてその訳文と解説を載せたという『梁塵秘抄』入門書である。
おそらく現代に生きる普通の人々にとって今様なんかまったく縁がなく、ほとんどの人にとっては生涯触れることのないものであるが、中にはどこかで聞いたことがあるというような割合有名なものもある。たとえば「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ(359)」などは比較的知られている。この歌からわかるように、今様は七五七五七五七五と続く形式の歌……だとばかり僕は思っていたのだが、この本を見る限り、必ずしもそうとばかりは言えず、形式はかなり多岐に渡る。はっきり言って決まった形式はないと言うことさえできる。七五調が日本人好みで実際現代に伝わる歌も七五調が多いのは確かで(たとえば「春のうららの隅田川」〈「花」〉とか「酒は飲め飲め飲むならば」〈「黒田節」〉とか)、今様についても七五調が多いことは多いが、今様は七五七五七五七五であるとは断じて言えない。現代的な感覚から言うとリズムが悪いものもあり、一体どういう風に歌っていたのだろうかと思うものも多い。本書によると、独特の節回しがあったようで、後白河上皇などは、乙前という傀儡(芸能民)のお婆さんに弟子入りして歌い方を習っていたという。後白河院の今様へののめり込みようについては、『梁塵秘抄』の口伝集(本書でも紹介されている)でも記述されていて、実際かなりの(今様歌いの)腕前だったのではないかと推測されるらしい。
『梁塵秘抄』で紹介されている今様自体はあまり僕の気を引くものはなかったが、解説がなかなか興味深く、書籍としては非常にできが良いと感じた。現存する『梁塵秘抄』全体を収録した本もあるようだが、僕を含む一般的な古文素人にはこの程度の本が適しているのではないかと思う。ものごとはどのあたりで見切るかということも大切で、少なくとも僕にとっては本書の内容は必要十分であった。