ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 春秋左氏伝
安本博著
角川ソフィア文庫
背景や人物関係を整理しなければ
内容について楽しむことができない
『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』シリーズの一冊。取り上げられているのは『春秋左氏伝』で、この書自体、普通の現代日本人にとってはあまり馴染みがないが、明治時代までは教養書として一般によく知られていたらしい。福澤諭吉や夏目漱石がこの『左氏伝』に傾倒していたという話が本書でも紹介されている。
そもそもこの『春秋左氏伝』、どういう書物かというと、孔子が編纂したとされる魯の国(およびその周辺の国々)の歴史書『春秋』(春秋時代という呼び名の由来になっている)が基になっているもので、それに、孔子の弟子である左丘明(左氏)が注釈を加えた書物だということである。このあたりは冒頭の「解説」で説明があるが、何だかわかったようなわからないような記述で、そもそも『春秋』自体と左氏の注釈の部分がどのように絡んでいるのかよく見えてこない。本文を読むと、最初に『春秋』のごくシンプルな記述が出てきて、その後にこれを膨らませて物語風にした部分が出てきているため、おそらくこの後の部分が注釈に当たるのだという推測は成り立つ。ただ最初から最後まですべてに渡ってこういう形式になっているのかは、(ダイジェストである)本書からだけではよくわからない。
本書では、他の『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』と同様、それぞれの項ごとに白文、書き下し文、訳文、解説文が並べられている。他のシリーズはそれほどのわかりにくさは感じなかったが、この本については登場人物がとにかくやたら唐突に出てきて(数も多い)、しかもその関係性の説明がほとんどないため、わけがわからない箇所が非常に多い。解説文の項で内容について書かれているが、こちらについてもあまり伝わってくるものがない。そのため『左氏伝』および春秋時代の歴史について予備知識があればいざ知らず、普通の読者はかなり困惑するのではないかと思う。
そもそも、まったく知らない人々がどういういきさつで覇権を競ったかなどということに関心は沸きにくい。この時代のことをよく把握していれば別だが、そういう人はいまさら『ビギナーズ・クラシックス』は読まないのではないかと感じる。ということはこの本自体の存在意義というものがきわめて見えにくくなる。僕自身最後までがんばって読んでみたが、読み進めるのが非常に苦痛であった。せめてもう少しかみ砕く、各項ごとに人物関係を整理する、背景について紹介しておくなどの配慮が欲しかったところである。孔子およびその弟子が書いた書であるため、当然、内容は倫理的で、道理の通った正しいことをすべきという思想で貫かれている(ようだ)が、正直言って、その程度しか頭に残らなかった。得るところが少なかった本である。