あさきゆめみし完全版 (1)〜(10)

大和和紀著
講談社KCデラックス

うるわしき御姿さえも
 見分けられず
  あさきゆめみし心地こそすれ

 『源氏物語』のマンガ化作品としては元祖で、数々のマンガ版『源氏』の中でもおそらく最高傑作なんだろうと思われる著作。『源氏物語』全54帖を通しで描いており、もちろん「宇治十帖」も含まれる。大変な労作である。

 内容はというと、もちろん『源氏物語』なんだが、原作にない部分を付け加えたりしていて(冒頭からしてそうだ)、『源氏物語』を原作にした大和和紀の翻案マンガと考える方が事実に即していると思う。それに男女の交わりの描写も一歩踏み込んでいて、女性向けマンガの特徴もしっかり持っている。長谷川法世の『源氏物語』と違い、注釈も非常に少なく、ドラマ優先の展開になっていて、1つのストーリーとしてできあがっている。随時出てくる和歌についてはコマの中に囲みで紹介され、その横または下にセリフとして意味が書かれているため違和感はない。風俗や衣装などもうまく描かれているため、マンガとして一つの独立した世界ができあがっている。

 難点は、(長谷川法世版同様)登場人物のほとんどがほぼ同じ顔で区別がつかない点で、『源氏物語』が異常に登場人物が多い話であることを考えるとこれはもう致命的である。ただでさえ血縁関係が複雑で、何度も前の巻を参照しなければならなくなるんだが、たとえ前の段を参照しても登場人物の区別がつかないため、その箇所でどういう話が進行しているのかにわかに判定できないという問題もある。

 だがそうは言っても、これだけの分量で『源氏』をまとめた功績は賞賛に値するし、登場人物の関係なども丁寧に描かれているため、『源氏』の世界にどっぷり浸かれるのは確かである。『源氏物語』は、光源氏の幼少期から始まって、源氏の黄金期から、やがて夕霧や明石中宮らの息子・娘の世代、匂宮におうのみやかおるらの孫の世代まで続く大河小説である。それを考えると全10巻という長きに渡ってストーリーがゆるやかに展開されるのは理に適っていて、そのおかげで、ともすればややこしい人間関係もある程度整理されて入ってくる。そういう点でも『源氏』の世界を覗いてみるには『あさきゆめみし』はうってつけの素材ではないかと思う。

 『あさきゆめみし』は、文庫版、コミック版などさまざまなシリーズが出ているが、僕が今回読んだ講談社KCデラックスのシリーズは「完全版」と名うったもので全10巻構成である。8巻の終わりで光源氏が出家していったん終了し、9巻と10巻は、薫と匂宮が主人公のいわゆる「宇治十帖」になる。6巻7巻あたりから内容がやたら湿っぽくなって辟易するが、「宇治十帖」は色恋の話に加えてスリリングな要素もあって、こちらの方がストーリーの完成度は高いと感じた(前半部分と「宇治十帖」は作者が違うなどという説もあるらしい)。そうは言っても基本は全編色恋のロマンス小説で、そういうものが好きでない人は読むのに苦労するかもしれない。おかげで僕も、マンガでありながら読むのに大分難儀した。

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