「風土記」にいた卑弥呼
古代は輝いていたⅠ

古田武彦著
朝日文庫

縄文期から弥生期にかけての歴史が見えてきた

 古田武彦の「古代は輝いていた」シリーズの1冊目である。

 内容は、多くの部分で他の著書とも重複しているが、史料や遺跡の発掘品を基に、縄文期から弥生期にかけての日本列島の姿を描き出したあたりが、本書の新しい視点である。

 今回は、『尚書』や『礼記(書経)』などの中国古代の文献や、隣国、朝鮮の歴史書『三国史記』、『三国遺事』などから、倭の古代の姿を描き出している。もちろん確定的でない推定レベルの記述もあるが、それについてはその旨書かれている。何しろ史料自体がたくさんあるわけではないので致し方ない部分もあるが、一方で筑紫や出雲からの実際の発掘史料がこのような推定を裏付けているという見方もしている。

 このような史料分析から、倭人が、周の時代から大陸に朝貢しているフシがあり、大陸の王朝からも人が派遣されていることがわかるとしている。日本列島発祥の古代の土器が大陸に伝わった可能性にまで言及している(なお、日本列島で発見された最古の土器は世界でもっとも古い土器の一つとされている)。

 また、あわせて『古事記』、『日本書紀』の分析を通じて、縄文末期から弥生期、古墳期までの歴史を解明している(推定も交えている)。それによると、縄文時代末期から日本列島の代表的な王朝だった出雲の王朝(大国おおくに)に対して、北部九州、朝鮮半島南部一円を支配していた対馬発祥の天国あまこくが、権力移譲を迫り、列島の代表的な王朝になっていった(いわゆる「国譲り」)。天国については、金属器による圧倒的な武力を背景に支配領域を拡大していき、それが倭国になる。そういう過程が、おそらく『日本旧記』や『出雲旧記(仮名)』などの書に記録されていたが、後の近畿の王朝、つまり「日本」によって歴史が書き換えられ(おそらくこのような書物は焚書された)、『日本書紀』という形で新しい「歴史」が作られたとする。なお天国や国譲りについての論証では、対馬に阿麻氐留あまてる(=天照)神社が存在することなどを紹介しており、しかも当地で「うちの神様は一年に一回出雲に行くが、出雲に行く神々の中で一番最後に行き、一番最初に戻ってくる」という言い伝えも紹介していて(つまり大国配下の第一の国が天国、その女王が天照あま・てるというのだ〈いわゆる天照大神あまてらすおおみかみ、なお「アマテラスオオミカミ」という読み方は本居宣長が江戸時代に勝手に名前に尊称を加えたものであり元々は「あまてるおおかみ」と読むのが正しいとする〉)、著者のフィールドワークで裏付けられた論証の説得力を後押ししている。

 また、『魏志倭人伝』などの分析から、倭国の姿もかなり明瞭な形で示されている。もちろんまだまだ検討の余地があるものもあるが、日本の古代史がかなりはっきりとした形で示されている。その分析は、決して荒唐無稽なものでなく、非常に科学的なアプローチをとっているため、大変説得力がある。やはりこの古田武彦の説は、決してないがしろにできないと感じさせる。また語り口もうまく、ともすれば複雑になる事項がわかりやすく伝わってくるという点も評価に値する。

 タイトルの『「風土記」にいた卑弥呼』は、第五部第五章の「卑弥呼論」から取られたものだろうと思う。ちなみにこの章では、『魏志倭人伝』に出てくる「卑弥呼」(著者はこれを「ヒミカ」と読ませ、「日甕」という漢字が当たるのではないかと推測している)が、『筑紫国風土記』で描かれている「甕依姫」(著者はこれを「ミカヨリヒメ」と読ませる)である可能性があるとしている(断言はしていないが)。これも試論としては非常に面白いし、それなりに説得力がある。

-日本史-
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本の紹介『法隆寺の中の九州王朝』
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本の紹介『「邪馬台国」はなかった』
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本の紹介『倭人伝を徹底して読む』
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本の紹介『失われた九州王朝』
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本の紹介『盗まれた神話』
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本の紹介『古代史の十字路』
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本の紹介『人麿の運命』
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本の紹介『壬申大乱』
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本の紹介『倭の五王』