ビギナーズ 日本の思想
空海「性霊集」抄
空海著、加藤精一訳、編
角川ソフィア文庫
「名文」であることすらよくわからない
弘法大師・空海の著書、『性霊集』のダイジェスト本。
『性霊集』というのは、空海があちこちで書いた文書を弟子が集めてまとめた書で、合計112の文書で構成された文書集である。この『抄』ではその中から30の文書(朝廷への願文、碑文、書簡など)が取り上げられてまとめられている。
元々は漢文で書かれていたはずだが、本書には漢文は掲載されておらず、篇ごとに(文書単位で)書き下し文、訳文、解説という順で紹介されていく。書き下し文は、仏教関連の専門用語が非常に多い上、省略されている箇所(というか当事者または専門家でなければわからないような記述)が多数出てくるため、これだけ読んでもほとんどの人は理解できない。訳文がなければ、普通の人にとっては何のことだかわからない上、どういう状況で書かれた文書かを知らなければ意味すらわからないようなものもある。そういう点で解説が絶対に必要になるため、読む順としては解説→訳文→書き下し文が理想だろうと思うが、すべてが逆順に並べられているなど非常に読みづらく、もう少し何らかの配慮があってしかるべきではなかったかと思う。
この本も角川ソフィア文庫の「ビギナーズ」シリーズの1冊で、内容をわかりやすくしようとする工夫は随所にある。しかもこのシリーズには、この編訳者による空海の著書が複数含まれており、これ自体は非常に意欲的な試みであって、それについては歓迎したいところである。
実際、僕自身も今回、空海の思想や密教の特質に触れられればと思って『性霊集』に当たってみたのである。だがしかし、少なくともこの『「性霊集」抄』だけから空海の思想に触れるのはやはり無理があった。本書から窺われたのは、「大日如来と人と自然は一体であるというような「梵我一如」的な思想が密教(奥深い教えという意味らしい)の奥義であり、従来型の顕教は悟りの境地に到達するためのガイドに過ぎないが、密教は悟りの本源を伝えるもの」ということぐらいで、これだって正しいかどうか正確にはわからない。むしろ『秘蔵宝鑰』や『三教指帰』を読んでみた方がそういう目的に叶っていたような気がする。もっとも、『性霊集』に触れてみた今となっては、現代社会でことさら空海の書を読むことに価値があるとも思えず、さらに他の書をあらためて読む必要があるという気もしない。編者によると、空海の文はどれもことごとく名文らしいが、本当のところそれすらもよくわからなかった(比喩が多用されているのはわかるが)。本当に空海や密教に関心がある人以外は、あまり得ることがないんじゃないかというのが率直な感想であった。