日本語の歴史
山口仲美著
岩波新書
日本語「表記」の歴史の断片
タイトルは『日本語の歴史』であるが、ほとんどは日本語の「表記」の歴史である。日本語の表記方法がどのように変遷してきたか、「奈良時代」、「平安時代」、「鎌倉・室町時代」、「江戸時代」、「明治時代以降」の5章立てで紹介する。
「奈良時代」では、大陸の漢字を使用して日本語の話し言葉を表記する方法を見つける過程とその表記方法についての研究が紹介される。次の「平安時代」では、漢式和文(漢文風だが漢文法に乗っ取っておらず日本語の語順で漢字で表現した文章)から徐々に、話し言葉をそのまま反映した「かな文字」による表記が定着していく状況が紹介される。
「鎌倉・室町時代」では、平安時代の日本語から少しずつ変化していく過程が述べられる。係り結びの形が崩れ、連体形が終止の形として定着していく。同時に話し言葉と書き言葉の乖離が進んでいく時代でもある。次の「江戸時代」の章は、主に話し言葉について書かれており、ベランメー調が『浮世風呂』などの文献に出てきて、今の日本語と近くなってきている状況が示される。といっても現実的には今の標準日本語に江戸語が採用されているというのが正しい認識で、現代日本語の方が江戸語に近いという考え方の方が正しいように思う。この章は内容的にはかなり薄めである。
僕が今回この本を読んだのは、明治時代の言文一致の過程が紹介されている「明治時代以降」の章が目的で、社会で言文一致の必要性が認識されていたにもかかわらず、なかなか進展せず、新聞の言論で徐々に採用されていき、同時に文壇でも二葉亭四迷、山田美妙、尾崎紅葉らによってさまざまな文体が試みられていく過程が紹介される。割合知られている事柄が多いが、こうして簡潔に歴史としてまとめられていることに意義がある。前に読んだ言文一致成立の過程の本(『日本語を作った男 上田万年とその時代』)よりはるかにわかりやすくまとめられていた。
とは言え総じてエッセイ風の内容で、読みやすく興味深い内容もあるにはあるが、若干の物足りなさも残る。むしろ「日本語の歴史」というより「日本語の歴史の断片」というタイトルの方が適切な気もする。
第55回日本エッセイスト・クラブ賞受賞