『ニューヨーク・タイムズ』のドナルド・キーン
ドナルド・キーン著、角地幸男訳
中央公論新社
ニューヨークタイムズに特化した意味がさほどない
日本文学研究者の故・ドナルド・キーンが、『ニューヨーク・タイムズ』に寄稿または投稿したエッセイ、書評などをまとめたエッセイ集。
全27編が、年代順に並べられているため、それぞれの短文が時代を反映する結果になっている。たとえば最初に出てくるのが1957年の書評で、なんと谷崎潤一郎の『蓼喰う虫』が書評のテーマになっている。我々の感覚では同書は古典だが、同時代の新刊扱いである(当然だが)。その次が『野火』(1957年)、『金閣寺』(1959年)と続くのも興味深い。
エッセイは、川端康成のノーベル賞受賞にちなんだもの(1968年)や三島由紀夫の自死にちなんだもの(1971年)などで、こちらも時代を感じさせる。また、日本の経済に関するもの(1974年)や瀬戸内紀行(1985年)なんてものまである。日本に関するものが多いが、他の題材のものもわずかながらある。
どれもそれなりに読ませる文章で、それなりに面白さはあるが、取り立てて目を引くものがあるわけでもない。ほとんどの文章は、日本についてあまり知らない人々(アメリカ人)に対して、日本のことがらを紹介するというスタンスであるためか、それほど専門性が深くないということも一因だと思う。したがって読んで納得したり感心したりということは比較的少ない。結局のところ、同時代資料としての歴史的な価値がもっとも大きいということになるだろうか。
ドナルド・キーンの著書は、一般的に内容が非常に深いために、日本人が読んで感心するようなものも非常に多いため、わざわざこういった軽めのエッセイ集を読む意味はさほどないわけで、『ニューヨーク・タイムズ』に掲載した記事を集めることにそれほど意味があるとも思えない。キーンに「日本の恩人」などという枕詞をつけたい人々にとっては別の意味があるかも知れないが。そういうわけで、どちらかと言えば企画倒れの部類に入る書ではないかと、個人的には思う。